熊谷登久平アトリエ跡に住む専業主婦は大家の嫁で元戦記ライター

台東区谷中の洋画家熊谷登久平のアトリエ跡に住む次男に嫁いだ主婦の雑談

ぬるい歴女

#熊谷登久平 概略 (23084文字) 私と登久平の身内、関係者のための年表用メモ 随時更新

これは独立美術協会物故会員の洋画家熊谷登久平関係者向け用の報告メモでもあります。 オーラルヒストリーの裏付けになれば良いと、熊谷明子の個人の感想も含め、気が向いたら更新しています。 登久平と、生家の日野屋、義母と義兄、お弟子さん、甥の英三さ…

大正14年のボープルとは

展覽會 ◆白日會(第三回) 七月三日—十二日 東京府美術館 會員佐分氏の話しに依れば、一般應募一千三百餘點の中から百四十五點を選んだと のことでありましたが、會員以外の作品は それが丁度、いや総てがと云つて好いくらひボーヴルなものであったことはずい…

白日会創立百周年記念展に向けての資料すり合わせなど

2024年3月21日(木)~4月1日(月)白日会創立百周年記念展 国立新美術館 2F (2A・2B・2C・2D)、特別陳列のコーナーに熊谷登久平の『小菅刑務所』が展示される予定。 特別陳列のカタログにも登久平のページがある予定。 我が家にある白日会の資料。 あと私が数…

富岳 熊谷登久平 十国峠ネタ 彩美堂のお嬢様。

社会保険の表紙のことばを国会図書館のデジタルアーカイブで眺めていたら、戦前十国峠に連泊したエピソードがあった。 昭和9年11月29日この峠から登久平は里見勝蔵に葉書を出している。 『十国峠にやって来ました。重ねはいりません峠の上の工夫●●です。朝な…

湯島の菊まつりとか 江戸の上水とか 文京区立本郷給水所公苑

江戸時代の水道の記録『上水記』、年に一度の一般公開が今日までだったので慌てて本郷の東京都水道歴史館へ。デジタルで見られるけど、私、生が好きなお年頃。 ミーハーです。 で極近所の文京区立本郷給水所公苑の薔薇も鑑賞してきた。公園空いてた、いい香…

早乙女勝元先生の告別式だった

早乙女勝元先生は私が先生というのに対して最後は開き直っていた気がする。 でも早乙女さんとはどうしても呼べなかったです。 私が手伝った本も並んでいた。 早乙女先生と同行取材の時の写真。 青い傘を持ってる日向一泰さんが今日持ってきて下さったアルバ…

ジオンさん(仮名)の戦争

今日は東大の五月祭だけど、本郷の方から音が流れてこない。 午前雨だったから野外ステージはなかったのかなと夫と雑談。 夫の同級生のシャア・アズナブルさんのお父様のジオンさん(仮名)は旧浅草区の精華小学校生時代、同級生たちの八割が学童疎開に参加す…

『江戸藩邸へようこそ 三河吉田藩「江戸日記」』#谷中の大河内子爵家 #谷中下屋敷跡を訪ねて

楽しみにしていた久住祐一郎氏の新著 『江戸藩邸へようこそ 三河吉田藩「江戸日記」』 本日受け取りました。 https://amzn.to/3r7VqmJ 『大名屋敷の裏側、お見せします!――古文書から読み解く、大名・家臣・家族の暮らし 江戸の町には広大な大名屋敷(江戸藩邸…

池之端画廊 今展示されている #長谷川利行 の『大八車のある風景』とか

池之端画廊開廊3周年記念明治・大正・昭和 時代を彩った洋画家たち(Ⅲ)月曜・火曜休廊 11:30~18:00 最終日の3月20日は16:00まで○入場無料○ 池之端画廊さんにて、かつて上野の山に集い、谷根千など、東京の美術村といわれたあたりを闊歩した洋画家たちの貴…

戦争と日常

編纂ミスったので、写真ぐちゃぐちゃに入ってます。 [uploading:FC91EA17-7E57-4636-893E26334C17A3A2/L0/001] かつて私は博物館で戦前戦中の調査員として働き、戦記ライターを名乗り、戦記雑誌『丸』の別冊で連載を持ち、米軍の星条旗新聞 とも協力関係にあ…

谷中2丁目のカフェF9さんでの長谷川利行スケッチブック資料紹介展 

浅草描いた「日本のゴッホ」 画家・長谷川利行 スケッチブック複製紹介 谷中のカフェで展示会:東京新聞 TOKYO Web https://www.tokyo-np.co.jp/amp/article/155019 コロナ禍ですが、谷中2丁目のカフェF9さんのご好意で2月いっぱいの展示予定が3月の未定まで…

一人で死んだ人 長谷川利行

上野に行く途中、義父の親友だった長谷川利行の碑に立ち寄った。 義父の死後に碑は完成した。 利行は戦前の昭和15年に看取る人なく板橋区の養育院で亡くなり、空襲で骨壷は散り、かき集められた遺骨は長らく関係者宅にあったが、高度成長期に姪に引き取られ…

知らなくてもいいじゃん

先月、長谷川利行のことで何も知らない的なご鞭撻を頂戴したが、私以外の人にまで説教的なことをされるのは困る。 教養マウントとりたがる人は昔から嫌いだ。 猫は可。

熱海の丹那トンネル事故とか

今日は空が綺麗だった。 去年2021年4月は丹那トンネル事故100年だった。 犠牲者追悼 熱海:朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASP447QGYP44ULOB001.html 某日、知人のお祖父様(満鉄の土木の関係者でもある)が丹那トンネル事故の責任者の一人…

1928年 長谷川利行と熊谷登久平

1928年の長谷川利行はカフェ・オリエントを描き、矢野文夫は詩集『鴉片の夜』を上梓し、熊谷登久平は1930年協会と白日会に入選してる。 その1928年のスケッチブックに描かれた絵と詩はキラキラしてる。 https://www.momat.go.jp/ge/wp-content/uploads/sites…

昔とったなんとやら

私が30年前に調べていたことを必要とされる方がいて、今あるものをお渡しした。 縁とは不思議なものである。 我が家にあった熊谷登久平の宝物の長谷川利行のスケッチブックの複写や関係者の資料展示を新春にやる予定になった。 岩手県の一関で流れてしまった…

飛鳥山へ

曇天の中、飛鳥山の大河ドラマの青天を衝け館に行く。 渋沢栄一の2番目の妻の兼(兼子)の父親の伊藤八兵衛が、伊助が番頭をしていた「ウォルシュ・ホール商会に投資をしたが、損害を与えられた」として訴訟を起こした資料が残っており、伊助とその息子の名も…

今日も寒い 義父の女たち

夫、雨に濡れてしまった。 昨日は義母のことを書いたが、今日は義父を支えた内縁の妻の写真などを少し。 今までも何回か書いたが、義父には支えてくれた内縁の妻がいた。 女性が好きな義父が戦後に義母を山形から連れ帰り、内縁の妻が守っていた屋敷は火宅と…

時代ってものがある。 新吉原とか遊郭とか役者とか

今日は風が強く空が青かった。 大正12年夏の終わり浅草生まれの義母。 彼女は関東大震災で何もかも失った実家の為に4回売られてる。赤子なので実子のいない家に売られ、そこが子宝を得て金つけて返され、2回目に売られた先でも子宝に恵まれ金付きで返され、…

熊谷伊助とか

横浜の方から熊谷伊助について問い合わせがあった。 先月は市川市の方から問い合わせがあった。 偶然だけど、今日一関の方とフェイスブックで伊助の話をした。今度仲間に話してくださるそうだ。 今熊谷伊助の資料となると、岩手県一関市千厩の図書館から村上…

今日の谷中のヒマラヤ杉 投票所の谷中小学校にある

今日の谷中のヒマラヤ杉とみかどパン。みかどパンさんの斉藤さんが可愛がっている地域猫のラブちゃんは白黒の猫。最近は朝ごはんをうちに要求するようになりました。みかどパンさんへのパトロールは欠かしてないようです。 谷中小学校には徳川慶喜公の生写真…

打ち合わせとか

気温差に夫婦で負けている。 来月、幕末の大名家関係の予定が入る。

今日の谷中のヒマラヤ杉の背景はティファニーブルー

今日の谷中のヒマラヤ杉。 空は上質のターコイズの色で、ティファニーが混ざりのないトルコ石を愛したのが理解できる色。 私のiPhoneでは盗めない空色なのですが、綺麗な色です。 昔は空色が絵具の中にあり、私の成長期は大気汚染の時代だったので不透明絵具…

来客

来客に資料を渡した。 ぼ

文京シビックホールと川端画学校 坂口安吾と熊谷登久平(T ^ T) 匿名さんのコメント公開しました。

文京シビックホールで川端画学校出身の画家たち展的なのを昔やったのは確かなのだけど、そのときは文京区が運営していて、今は指定管理業者になっていて引き継がれた資料の中に川端画学校関係のものはないとのこと。 文京区のふるさと館にもなく、図書館にも…

メモ 熊谷伊助 幕末の研究者 中井けやき 氏 昭和27年生まれの七五三

某日、中井けやき 氏が書いた幕末から維新の横浜などの人間模様が良いと教わった。 けやきのブログⅡ をまとめた本を勧められている。 コロナ禍でなければ今は熊谷登久平生誕120年展の準備で忙しかったろうなと思いつつ、国会図書館も資料室も予約や抽選なの…

文京区の小石川植物園にて彼岸花。 入場料は500円

友人と小石川植物園へ。 私は自転車、彼女は徒歩。 今日は晴天。 友人と、智恵子は東京の空をないと言ったのではなく、内縁関係だった高村光太郎に翼を切られたから飛べる空がなくなったのではないかと話す。 光太郎に出会う前の夢と希望に満ちた空。 これは…

雨の9月1日 大正12年、義母は浅草で生まれたてだった

私の母は戦争と自然災害が大嫌いだ。 夫の母、私にとっての義母も戦争と自然災害が大嫌いで、今の家を作る時に耐震をかなり主張したそうだ。 義母は浅草区で植木屋の子として生まれて被災して、深川区の海に近い被災住宅、バラックに住み、子を亡くした家に…

2021年8月15日、終戦の日。敗戦の日。戦災慰霊碑。

我が家の裏の墓地にある戦災慰霊碑。夫の話しでは、かつては多くの関係者が訪れていたそうだ。数年前、最後まできておられた空襲体験者さんも亡くなられて、寂しくなった。刻まれるは銘文で、慟哭と平和への願い。 隣の墓石には出征して亡くなられた若者の辞…

田崎暘之助 「野ざらしの詩」の周辺 取材日記から 長谷川利行

義父の遺品、長谷川利行のスケッチブックの中には楽しげな仲間内ネタの詩や家の間取り図がある。 義父と同世代の洋画家の田崎広助氏の御子息が書いた小説の中に、義父の熊谷登久平と長谷川利行たちが皆でワイワイと一緒に住む家の間取りを描いているシーンが…