熊谷登久平アトリエ跡に住む専業主婦は大家の嫁で元戦記ライター

台東区谷中の洋画家熊谷登久平のアトリエ跡に住む次男に嫁いだ主婦の雑談

本郷の古本屋さん

上京してきた頃は、神田、早稲田、本郷の古本屋街が嬉しくて仕方なかった。 🤣

猫町

眼福です。、

花まつりの日 甘茶 根津神社のつつじ祭り 

友人と根津カフェさんで待ち合わせて軽く食べて根津神社の「つつじ祭り」へ。途中で河内公明さん宅に寄り、友人用に純銀細工の福寿の蛙を買う。 河内さんは彩美堂が三浦坂上にあった時代や空襲のこともよく覚えてらして、義父の熊谷登久平のことも覚えてくだ…

八重桜と猫とアマリリスと慰霊碑

アーティストいけぶん氏の 「ひととひとと何かある」展 観てきた。結構面白いので真面目に観てきた。ikebunart.wixsite.com/daisuki/blank

読みたい論文 専門書高い(T ^ T) 抜刷りあると嬉しい。

我が家と一関の親戚に残る学芸員がやったのであろう熊谷登久平の調査の痕跡。書き文字に特徴があり、ほぼ特定しているがコロナ禍でお会いできず相手さんが前年度に定年退職をされたと知り、血の涙を流している。 その方が岩手県出身の洋画家萬鐵五郎の研究を…

千厩小学校 熊谷登久平の母校

昭和50年代後半に千厩小学校の校長が義父に送ってきた手紙が我が家にある。 その頃千厩小学校の校長室にかけられていた熊谷登久平の絵は美学校時代のものと思われ、イタミガすすみ新しい絵が欲しいと義母に手紙を出したら寄付してくれてありがとう的な手紙。…

坂口安吾 「夜の王様」 挿絵は熊谷登久平

熊谷登久平が坂口安吾の挿絵を描いていた話をしても、結構信じてもらえない。 熊谷登久平は挿絵や装丁もやっていたし、戦前はトクホンと契約をして広告の絵は登久平。画家やってたからそれぐらい当たり前だという人も実際いたが、挿絵をレギュラーでもらえる…

熊谷登久平 年表 制作中 メモ1

明治34年(1901年) 10月2日、岩手県東磐井郡千厩町に、熊谷喜造(二代目半兵衛)とまつみの長男として生まれる。 本名、徳兵衛。大正8年(1919) 18歳 一関中学を卒業 「潮来の村」 大正10年(1921) 20歳 この頃上京し、中央大学商学部に学ぶ。 また、川端絵画学校…

鴨下葉子展 銀座K's Gallery 4月12日から

鴨下葉子展 銀座K's Gallery(ギンザケイズギャラリー) http://ks-g.main.jp/exhibition/20210412/index.shtml4月12日から義父のお弟子さんの個展です。 鴨下先生の記憶の中の我が夫の寿郎は、いつもピアノを弾いてるおぼっちゃん。https://ja.m.wikipedia.…

川上景也の陶版画 長谷川利行の友人、岩手県一関出身の千葉青花の資料が欲しい

ありがたいことに、母の母方の従弟の川上景也さんの陶版画を入手した。 祖母の家は義父の恵那地方の旧家で曾祖父は政治家だったとかで、熊谷守一画伯の家とも交流があったと聞いていた。 それゆえか母の姉も画家を目指して女子美に入る予定が戦争激化で中断…

文化財研究所 予約メモ 田中佐一郎画伯の戦争記録

熊谷登久平こと徳兵衛が長谷川利行と2人展を開く告知が載っている。アトリエ 昭和2年12月号の「反大調和二人展」の宣言文。 戦時中日本に軟禁された、あの、ロベートギランが戦前に書いた『みづゑ。1940年5月426号独立美術第10回展覧会評の中の熊谷登久平絶…

熊谷伊助を勝海舟が偲んだ歌碑。今も残ってる歌碑に伊助って彫ってあってまだ読めるじゃん

と、大暴走したくなるような文章を偶然知った。市川よみうり 2015年4月版 『こんなところに㊙︎history(ヒストリー)』19話 中津攸子一昨年私が現地で確認した勝海舟が熊谷伊助を偲んだ歌碑。 義父の熊谷登久平は伊助の弟の曾孫にあたり、実家の日野屋出身の勝…

エジプト展 江戸東京博物館にて

東京都慰霊堂にて

私は空襲被害を調べて収入を得ていたので、思うことは沢山ある。東京都慰霊堂の関東大震災の絵が修復されて蘇っていると聞き、訪ねた。 飛行機と伝書鳩の絵が綺麗になっていた。熊谷登久平と長谷川利行らも関東大震災を経験し復興していく東京を描き残してい…

輝け原石! 独立春季新人選抜展2020 と、戦前に熊谷登久平が乱闘をしたらしい韻松亭にてランチ

http://www.dokuritsuten.com/shinjin/2020/winner.htmlかつて、いや今も独立美術協会の会員になるのは大変。 我がイケメンな義父の熊谷登久平は独立美術協会の前身の1930年協会時代から出品を続けて、独立美術協会第1回からもずっと入選していたが、賞をと…

鬱金桜とか

雨なので昨日撮影した写真を並べる。

戦前の映画、愛染かつらの舞台となった寺にある枝垂れ桜が今年も美しい。同じ町会の金領寺さんの大島桜も美しい。ここには猫と犬の墓もあるが、共に明治時代。許可した当時の御住職凄いと思っている。 飼い主の家は絶えておらず墓は綺麗な状態だ。 ここは格…

岩手日報 2021年3月13日 文化欄にて

熊谷登久平の従弟の息子さんが一関の図書館で撮影してきてくれました。 岩手日報は戦前の盛岡での熊谷登久平展の時のスポンサーで戦後も多分あった。かな。戦前の一関での個展は岩手日日新聞。仙台は河北新聞。気仙沼は大気新聞。山形は山形新聞。山形に関し…

岩手日報 3月13日に熊谷登久平の記事が出たようです

今日、盛岡の方から岩手日報に記事が出ていたと教えていただくも、いつの新聞に掲載されていたのか分からず、岩手県の千厩の図書館に問い合わせて調べて頂いた。 ありがたいことに、千厩縁の記事のファイルに入ってたそうで3月13日の記事だと教えていただけ…

家人の胃腸

夫は胃腸が弱いので食には気をつけているつもりだ。 ご飯を炊くときも加減を夫に尋ねてから炊く。で、某日エヴァンゲリオン絡みで明智抄さんを強く思い出し晩ごはんは焼きそば気分になった。 なので夫に焼きそばで良いかと聞くと胃腸が云々と言うから彼用は…

アトリエの土地 10代だった増尾昭一とアニメ制作同人の仲間たち エヴァンゲリオン完結に思う。 ネタバレあり

今住んでいる家は熊谷登久平のアトリエの跡地である。 今は住んでいる家は広く、登久平の次男で私の夫である熊谷寿郎が思春期に宇宙戦艦ヤマトにはまり、中学高校の仲間たちとセルアニメの『宇宙戦艦ムサシ』を制作したアトリエ兼スタジオであったこともある…

ヤフオクの長谷川利行 模写 熊谷登久平のシール付き

何回も書いているが熊谷登久平は長谷川利行の贋作騒動に巻き込まれていた。死ぬまで後悔していたのは別紙に鑑定を書いて本物に貼ったはずなのに剥がされて長谷川利行の贋作に貼られたこと。晩年に裁判を起こそうとしていたが倒れて終わってしまった。 残念な…

戦前に義父が所属していた白日会

白日会に熊谷登久平が持っていた戦前の資料を少し届けた。 今の事務局の人たちは存在を知ってても見たことがない品々。 戦前の写真も熊谷登久平と仲間だった村上鉄太郎氏のお孫さんが持っているものは貴重だとのことで、コロナ禍が落ちついたらとなった。白…

昨日の地震で結構慌てて仙台の親友の生存確認をした。彼女は介護で体調を壊しているし、ご両親は歩けない。 無事だと返信がありほっとした。台東区のリサイクルショップが閉店するそうだ。義兄の久さんは職人のコケシをここで見つけるのが好きだったそうだ。

秋山巌 生誕100年展 西日暮里駅徒歩圏の太平洋美術会ギャラリーにて

秋山巌生誕100年展に行ってきた。 (義父の熊谷登久平は生誕120年。) 大英博物館 ヴィクトリア国立美術館 イスラエル国立美術館 ケンタッキー州立美術館 ボン大学 スコットランド国立美術館 他に収蔵されている凄い版画家さんであるが、絵もある。 大英博物館…

くたり

結構、まだ疲れが残っています。 足立区の江北にあった私設美術館がなくなっていて、消息を求めたら栃木県の矢板市にも美術館があった。 が、矢板市に問い合わせたら閉館したかもな。館長だった住友医院の院長が書いた日本の洋画家たちの本が私は結構好き。…

ぶらりぶらぶら #櫻木画廊 結城康太朗展 メッサーシュミットの櫻木画廊

古地図メモ 台東区谷中あたり

15140農業環境研究所農環研

宴の終わり 

朝電話があり江東橋一丁目町会の東京大空襲慰霊碑にご案内をした。 誰かが花を供えてくださったようだ。 線香は夫が供えてきたけれど花は久しぶりだ。池之端画廊さんから熊谷登久平の絵を持ち帰ってきた。昨日美味しそうな行商さんがいた。

長谷川利行と岩手県の人たちと熊谷登久平

おかげさまで、熊谷登久平生誕120年と日本橋の柳屋画廊での遺作展から50年の個展は開けたので、次は美術館で熊谷登久平の作品を複数並べる。 目指せ長谷川利行のパセリから前菜。明日は国土地理院の予約が取れたので熊谷登久平の口伝、オーラルヒストリーか…