熊谷登久平アトリエ跡に住む専業主婦は大家の嫁で元戦記ライター

台東区谷中の洋画家熊谷登久平のアトリエ跡に住む次男に嫁いだ主婦の雑談

調べてます。

どこに行けばと悩んでばかりです。

ひるねこBOOKSさんがツイッターで私好みの本をアップしたから慌てて三浦坂を降り、ひるねこBOOKSさんにて目の保養をして本を買いあさりあかぢ坂を登って帰宅。

長毛三毛猫のにゃあちゃんは元気だけど、三毛猫ボブテイルの先生は相変わらず元気がなくて近所の上野の森動物病院に予約の電話をしたら今日と明日は予約がいっぱい。
月曜日に予約を入れた。
先生は高齢だから覚悟はしてるけど不安。


f:id:TokuheiKumagai:20201024201336j:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201024201339j:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201024201354j:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201024201327j:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201024201349j:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201024201342j:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201024201357j:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201024201331j:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201024201346j:plain

可愛い三毛猫の先生はジャパニーズボブテイルで後脚が長い。
もう齢だから最近は寝てばかりだ。

夫と再会するきっかけは彼が飼っていた21匹の猫たちだった。
義母と義兄とで世話をしていたのが亡くなり、夫は1人で世話をしていた。
夫が世話をしていた猫たちは15歳前後で高齢だった、今はもう3匹しか残っていない。
先生長生きして欲しい。
虹の橋を渡る時は穏やかであるよう願う。

f:id:TokuheiKumagai:20201023224643j:plain

上野・浅草11」#長谷川利行 と私/#徳山巍

台東区が発行していた地域誌 「上野・浅草11」#長谷川利行 と私/#徳山巍 特集/下町の名人 1976年3月発行 表紙絵/ #望月春江
ヤフオクで落札。

前から全文を読みたいと思っていた徳山巍氏の随筆の初出本。
長谷川利行関係の本で徳山巍氏の随筆はたまに引用されていて、氏が利行と出逢ったのは義父の熊谷登久平宅であったと書かれている。
時代的には義父が根津に住んでいた頃か?
それとも坂本町か?

載っている写真の印刷状態が悪いのが残念。
なんか義父の写真に何回か一緒に写っている人らしきかな。名が書かれていない。




表紙が #池之端画廊 で今素描展が開かれている望月春江画伯で晩年の絵。

徳山巍氏のアトリエは空襲で焼けるまで谷中にあったようだ。
戦後は台東区の画家の会の会長をしていたと聞いたが、それについての資料はまだ見つけてない。



f:id:TokuheiKumagai:20201022230113j:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201022230107j:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201022230103j:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201022230145j:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201022230138p:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201022230152p:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201022230110j:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201022230149j:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201022230157j:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201022230059j:plain

上野の森美術館

上野の森美術館にてKING &QUEEN展にふらりと行った。
予約制じゃないのが嬉しく、宮廷画家が描いた英王室の人々、#7つのエルドラド #1000日のアン #英国王のスピーチ #黒執事 とかでも懐かしい。

売店ではダイアナ妃の肖像画のマグネットを購入。

ダイアナ妃の肖像画、幸せそうに感じられなくてご婚約や結婚式の頃は御伽噺のお姫様そのものだったのにと。

ダイアナ妃は一度だけ手を伸ばせば届くような位置に私いたことがある。
親友の次女が自閉症で足立区の梅田にある「うめだあけぼの学園」に通っていた。

http://umeda-akebono.or.jp/

そこに突然ダイアナ妃がお見えになるとのことで、保護者会の役員をしていた親友大喜び、その時の歓迎の輪の中に私もいた。
お綺麗だった。

ダイアナ妃がご訪問してくださったことで、あけぼの学園への支援が厚くなったと友人が言っていた。

あのような亡くなり方をされて悲しかった。






f:id:TokuheiKumagai:20201021212953j:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201021213009j:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201021212945j:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201021213001j:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201021212942j:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201021212948j:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201021212957j:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201021213005j:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201021212938j:plain

竹ノ塚の汐路

私は新聞配達をしながら学校に通う新聞奨学生制度を利用して上京をしたのだけど、そのときに歓迎会が開かれたのが当時の朝日新聞竹ノ塚店の斜向かいにあった「汐路」という鰻屋さんだった。
その後朝日新聞は移転し、汐路も駅前ロータリー手前に移転したがめちゃくちゃたまにランチを食べる場であった。
で、汐路が無くなっていると友人から聞き焦った。
呼び寄せた母との思い出もある鰻屋さんだったから。
で汐路の電話番号に問い合わせをしたら娘さんが後を継いで店の名前が変わり、メニューも少し変わったけど、昔からの料理もあり先代はランチタイムには店に出ておられるとのこと。

竹ノ塚駅東口側は昔からあったレストランの「ほとり」がコロナ禍で閉店して、私が学生時代の頃から続いているお店は天ぷらの亀屋さんと喫茶店のパールタウンだけになったかも。

f:id:TokuheiKumagai:20201020194157p:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201020194148j:plain

寒いので体調が良くない。
市川市から勝海舟が熊谷伊助を偲んだ歌碑の案内板のサンプル画像が届いた。
伊助の直系が代金を払うから建て替えて欲しいと願っていたけど、案内板は熊谷家ゆかりのものだけでなく市川市のあちこちに有り、一つだけ建て替えると問題も出るということで間違えている案内板にシールをはる方法。
元の案内板の文字は彫られている感じで、その上にプリントをペタリと。

私は頑張ったと思う。

f:id:TokuheiKumagai:20201019211825j:plain

上野伊藤園にて

夫の好物を買いに上野松坂屋に行ったら混んでいた。
かつて上野にあった老舗のお茶屋さん伊藤園は屋号を現在の伊藤園さんに売ったけど、現伊藤園さんも茶文化発信を頑張っている。
今年は野外のお茶会がないけど、私は伊藤園さん結構好きです。ほうじ茶アイスとか。


f:id:TokuheiKumagai:20201018230331j:plain
f:id:TokuheiKumagai:20201018230337j:plainf:id:TokuheiKumagai:20201018230343j:plainf:id:TokuheiKumagai:20201018230347j:plain