熊谷登久平アトリエ跡に住む専業主婦は大家の嫁で元戦記ライター

台東区谷中の洋画家熊谷登久平のアトリエ跡に住む次男に嫁いだ主婦の雑談

熊谷伊助

飛鳥山へ

曇天の中、飛鳥山の大河ドラマの青天を衝け館に行く。 渋沢栄一の2番目の妻の兼(兼子)の父親の伊藤八兵衛が、伊助が番頭をしていた「ウォルシュ・ホール商会に投資をしたが、損害を与えられた」として訴訟を起こした資料が残っており、伊助とその息子の名も…

熊谷伊助とか

横浜の方から熊谷伊助について問い合わせがあった。 先月は市川市の方から問い合わせがあった。 偶然だけど、今日一関の方とフェイスブックで伊助の話をした。今度仲間に話してくださるそうだ。 今熊谷伊助の資料となると、岩手県一関市千厩の図書館から村上…

恒例の低体温 今日の谷中のヒマラヤ杉

今日は朝から35度に届かなくて、手足が痺れている。頭も痛い。 三毛猫のにゃあちゃんが脚の上で寝ている暖かいけど重い。 今日の谷中のヒマラヤ杉。 西の空の雲のきらめきが結構いい。この感じ好きだ。 このブログが分類されてないとのご意見を頂き、少しづ…

月蝕 スマホの限界

熊谷伊助について問い合わせがあった。 良い方向にすすむと嬉しい。 熊谷登久平の件で連絡があった。 努力しますとしか言えない。

独立美術協会、会友時代の熊谷登久平への酷評

第5回独立美術協会展かな。熊谷登久平を酷評している新海覚雄氏(1904-68)は多分熊谷登久平と同時期に川端画学校で学び、その後太平洋画会へ。 義父たちが川端画学校で学んでいた頃はドイツ系のプロレタリア美術運動に入っていくものもあったとかで、それが…

千厩の絹織物

夫と義父が美しいと言っていた千厩の絹と織物を見たいねと話していて、昭和50年代にその絹が復活していた事を知ったが業者さんの通販サイトがエラーになる。 で、メルカリで見つけたので、しかも名刺入れとストール、今は製作されてない商品だ。 一つは岩手…

好きでクレームを入れてるわけではない。勝海舟が熊谷伊助を偲んだ歌碑のトンデモ誤読

私は不機嫌である。 なぜ、不機嫌かというと10日ほど前に熊谷登久平が尊敬し書き残してもいる血縁の貿易商、横浜開港の功績者の熊谷伊助。伊助を偲んだ勝海舟の歌碑「よき友の消えしと聞くぞ我この方心いたむるひとりなりたり」の紹介を、「勝が手をつけた女…

熊谷伊助を勝海舟が偲んだ歌碑。今も残ってる歌碑に伊助って彫ってあってまだ読めるじゃん

と、大暴走したくなるような文章を偶然知った。市川よみうり 2015年4月版 『こんなところに㊙︎history(ヒストリー)』19話 中津攸子一昨年私が現地で確認した勝海舟が熊谷伊助を偲んだ歌碑。 義父の熊谷登久平は伊助の弟の曾孫にあたり、実家の日野屋出身の勝…

熊谷登久平展 2日目 義母と夫と私 岸田劉生と熊谷家

勝海舟がよき友と書き残している、熊谷登久平の生家日野家出身で横浜港開港の立役者の1人でもある熊谷伊助の直系、片瀬熊谷家の美波さんが来展示してくださったので一緒に池之端の鰻の老舗の柏屋さんでランチをした。 旨し。 美波さんのご先祖の岩手県の千厩…

熊谷登久平展 初日 生誕120年 東京最後の個展から50年

池之端画廊さんで、熊谷登久平展が始まりました。 登久平の弟の広介さんのお孫さん桂さんご夫妻が来場一番乗りで、無事に登久平が描いた広介さんの肖像画を渡せました。 額装はお任せします。 次は夫の上野中学の同級生たち。 私は上野中学の立地を常に羨ん…

市川市、行徳の自性院にある勝海舟の岩手県千厩出身の熊谷伊助への歌碑の案内板

市川市の行徳にある自性院さんの境内に立っている勝海舟が熊谷伊助の死を悼んだ歌碑。 義父と同じ岩手県千厩の商家日野屋を生家とし幕末、仙台、江戸、横浜で活躍した勝海舟の親友で横浜開港の功労者の一人。 勝海舟日記にも何回も名が出る。残念ながら子が…

寒いので体調が良くない。 市川市から勝海舟が熊谷伊助を偲んだ歌碑の案内板のサンプル画像が届いた。 伊助の直系が代金を払うから建て替えて欲しいと願っていたけど、案内板は熊谷家ゆかりのものだけでなく市川市のあちこちに有り、一つだけ建て替えると問…

勝海舟が熊谷伊助を偲んだ歌碑の市川市行徳の寺の案内板

この日記に何回も書いてるけど、義父の生家の岩手県千厩の商家日野屋出身の熊谷伊助の資料は関東大震災と横浜空襲で焼けてほぼない。 故郷の千厩も大火災があったそうで役所の書類が焼けていて欠けがある。幕末に仙台の商店に修行に出だ時の年齢も14歳と19歳…

熊谷伊助の痕跡 豊川稲荷

愛知県の豊川稲荷に熊谷伊助が結構な額を寄進していたと伝わっていて名が石造物に残っていると古い本にある。 熊谷伊助の直系の片瀬熊谷家から場所について問い合わせがあり、千厩の村上光一さんに電話で確認した。 すると現場に行ったのは千厩の熊谷本家、…

情報量が多い1日 日本美術院の令和2年度第1回 同人新作展 にて鑑賞。 村上裕二先生の青色と躍動感が好きなので「青のペガサス」を間近で観られ幸せ。

日本美術院の令和2年度第1回 同人新作展 にて鑑賞。 村上裕二先生の青色と躍動感が好きなので「青のペガサス」を間近で観られる眼福と、この作品が売られて個人蔵になることへの嫉妬を覚えつつ。 他の作品でも眼福。無料。太平洋美術会にて長谷川利行ことか…

熊谷伊助 横浜開港資料館にて資料交換してきた

義父の生家、千厩の日野屋出身の熊谷伊助は江戸に出て成功し、勝海舟と親しくなり、横浜開港のために尽力した。千厩、横浜開港資料館、片瀬の熊谷家にそれぞれ資料があるけれど情報交換がうまくいってない。 把握ができてないらしいと気がついたのが去年。た…

急ぐわけ

私が長谷川利行のスケッチブックの研究できる所への引き取りや、義父の絵や写真整理や資料整理を急ぐのは、今の家が東京の地価の高いところにあるから。うちに来る不動産業者は、土地の形や立地条件が悪い(旗竿地、裏が墓地)から、このままでは我が家は相続…

主婦らしいことをした。岸田劉生と関東大震災の写真と熊谷家の話しとか

町内会役員をしている夫の代理で下谷警察署に交通安全週間関係一式を受け取りに行った。 下谷警察署二階のロビーでは義父の絵が観られる。好きその間、夫は隣の施設で免許証の更新をしていたが、彼の講習が終わるまでに時間があり待合室で座っていたら凄い雨…

エアコンが壊れたかと

昨日は久しぶりに歴史好きな人たちと話せて楽しかった。 古巣の足立区立郷土博物館に自分がアメリカにまで行って調べた成果が今も展示されているのも嬉しい。 私の成果物は足立区立郷土博物館と江戸東京博物館の空襲関係だけだ。既に60年近く生きたのになぁ…

熊谷登久平と熊谷伊助の生家の日野屋

かつて岩手県の長者番付一番だったという話もある岩手県の千厩の日野屋。 夫の従兄さんの話では昔は雑誌の主婦之友に全国の長者番付が載り日野屋の当主の名が連続一位の時代があったそうだ。 バックナンバー調べないとなと思いながら、いつって気分でもある…

簡単ではない

着地点を探している。たまに凹む。今夜は夫が好きなカツ丼を作り、とても喜ばれた。 家庭料理って結果がすぐに出るから結構好き。

下谷区の谷中初音町

ヤフオクで落札した書籍に林房雄の年表があり、「昭和7年4月に出獄し、谷中初音町に居を構え、直ちに「青年」の執筆を始める。」と、あった。 この頃、義父の熊谷登久平も谷中初音町に住んでおり、その家に林房雄が訪れて登久平が持っていた古代羅馬のインク…

熊谷伊助の孫が撮影した写真

岸田劉生が関東大震災で被災をして、屋根の上に家族で避難している写真は結構有名だけど、それを撮影したのが熊谷登久平と同じ生家から出た熊谷伊助の孫。 伊助の血統の片瀬熊谷家の当主の話だと、岸田劉生 と当時の当主はよく知った仲だったそうで、同じ頃…

千葉県市川市行徳の自性院にある #勝海舟 が、#熊谷伊助 を偲んだ歌碑の案内板

義父の熊谷登久平の実家、岩手県の千厩の豪商日野屋を生家とする熊谷伊助は江戸の蔵前で商人として成功し、勝海舟の友となり、勝海舟日記に何回も出てくる謎の人として忘れられているが、谷中熊谷家(うち)、片瀬熊谷家(伊助の直系/片瀬写真館)、千厩熊谷家(…

熊谷伊助 関係の本が出ていたけど、ちゃぶ台返してしまう

#仙台領に生きる郷土の偉人傳 古田義弘著(千厩生まれ仙台在住) 本の森発行 令和2年4月3日初版 112頁の薄い本、800円税別義父の一族の熊谷伊助の項目があり購読。伊助の資料は千厩の村上光一先生の書籍が仙台の図書館にもあり、伊助直系のひ孫の熊谷守美氏の…

熊谷伊助の石碑

勝海舟が親友の熊谷伊助を悼んで読んだ歌碑が、いつのまにか勝海舟の屋敷に使えてお手つきになったが屋敷の女性たちから嫉妬を受けて市川の実家に帰ったチカが死んだことを偲んだ歌碑との説明文が立っているお寺さん、先月の台風で屋根が痛んだとのこと。お…