熊谷登久平アトリエ跡に住む専業主婦は大家の嫁で元戦記ライター

台東区谷中の洋画家熊谷登久平のアトリエ跡に住む次男に嫁いだ主婦の雑談

太平洋戦争

早乙女勝元先生の告別式だった

早乙女勝元先生は私が先生というのに対して最後は開き直っていた気がする。 でも早乙女さんとはどうしても呼べなかったです。 私が手伝った本も並んでいた。 早乙女先生と同行取材の時の写真。 青い傘を持ってる日向一泰さんが今日持ってきて下さったアルバ…

ジオンさん(仮名)の戦争

今日は東大の五月祭だけど、本郷の方から音が流れてこない。 午前雨だったから野外ステージはなかったのかなと夫と雑談。 夫の同級生のシャア・アズナブルさんのお父様のジオンさん(仮名)は旧浅草区の精華小学校生時代、同級生たちの八割が学童疎開に参加す…

恥ずかしながら 孫もいるおばあちゃんです。

一昨日、電話で東京新聞下町支局さんから取材を受け、写真を撮りたいと言われましたが上野動物園の双子パンダの抽選に当たっていたので話しを中断して上野動物園へ。 もう少し話しと写真を撮りたい記者さんと上野動物園で待ち合わせとなりました。 シャンシ…

戦争と日常

編纂ミスったので、写真ぐちゃぐちゃに入ってます。 [uploading:FC91EA17-7E57-4636-893E26334C17A3A2/L0/001] かつて私は博物館で戦前戦中の調査員として働き、戦記ライターを名乗り、戦記雑誌『丸』の別冊で連載を持ち、米軍の星条旗新聞 とも協力関係にあ…

昔とったなんとやら

私が30年前に調べていたことを必要とされる方がいて、今あるものをお渡しした。 縁とは不思議なものである。 我が家にあった熊谷登久平の宝物の長谷川利行のスケッチブックの複写や関係者の資料展示を新春にやる予定になった。 岩手県の一関で流れてしまった…

時代ってものがある。 新吉原とか遊郭とか役者とか

今日は風が強く空が青かった。 大正12年夏の終わり浅草生まれの義母。 彼女は関東大震災で何もかも失った実家の為に4回売られてる。赤子なので実子のいない家に売られ、そこが子宝を得て金つけて返され、2回目に売られた先でも子宝に恵まれ金付きで返され、…

寒い日の日常 ヒマラヤ杉と猫と人と

母の歳上の友人の義息子さんが亡くなられたので手を合わせに昨日お邪魔した。 信州から家族4人で満洲の北へ移住し、ソ連侵攻時に父親は射殺され、南下するも母親は子を優先し栄養失調死。この時12歳。幼い弟は中国人に欲しいと交渉されるが渡さず共に帰国し…

戦争と美術とか

何回か書いてるけど、義父の熊谷登久平は戦争画を描きたくなく、そして従軍画家になりたくなくて、国策会社の東京航空計器に入社した。 が、軍装の人物画、落下傘部隊の訓練風景も描き残している。 先日元担当さんに、「(小学館)の編集長とはたまに逗子駅ま…

冬の空に見える。

今朝も冷えて空は冬色が強くなってきた。 上野公園の彰義隊の慰霊碑の裏の寒くなると咲く桜、今年はフェンスで囲まれていて近づかない。 空襲の慰霊碑も今日は寒そう。 男性二人が自殺していた上野公園の公衆トイレは解体をしていた。

思い出の浜町小学校

先日浜町に出かけたことで、以前から気になっていた思い出の『浜町・浜町小学校』を入手。 国会図書館にはあるが、今はコロナ禍で利用は抽選になっている。もう40年近く知りたかったことが載っていないか気になってもいた。 東京大空襲で焼け焦げた明治座の…

日本橋の浜町公園とか 義父とか 結城天鼓✖️結城康太朗展 東京大空襲慰霊の明治観音堂とか

義父が属していた独立美術協会の現会員の結城康太朗さんとお父様の 結城天鼓✖️結城康太朗展 〒103-0007 東京都中央区日本橋浜町2丁目30−7 水野ビル 1階 ART&CAFE+BAR あ・い・う。 今月30日まで。 義父の個展をきっかけに知り合った結城康太朗先生とお父…

2021年8月15日、終戦の日。敗戦の日。戦災慰霊碑。

我が家の裏の墓地にある戦災慰霊碑。夫の話しでは、かつては多くの関係者が訪れていたそうだ。数年前、最後まできておられた空襲体験者さんも亡くなられて、寂しくなった。刻まれるは銘文で、慟哭と平和への願い。 隣の墓石には出征して亡くなられた若者の辞…

人間関係

今年度に入ってから電話で怒鳴られたり、失礼だと注意受けたり、脅迫状が届いたり。 相手さんは一対一、私には複数対私なので、ぽとんぽとんと心に澱が溜まっていく。 なので相手には悪いけどすぐ泣いてしまう。 怒鳴られた件では私はまだ理解できてないので…

『結城天鼓✖️結城康太朗展』 浜町公園とか 浜町とか 空襲とか 高射砲陣地とか

結城天鼓✖️結城康太朗展 〒103-0007 東京都中央区日本橋浜町2丁目30−7 水野ビル 1階 ART&CAFE+BAR あ・い・う。 今月30日まで。 義父の個展をきっかけに知り合った独立美術協会の会員の結城康太朗先生とお父様の日中水墨交流協会顧問の結城天鼓先生の作…

不幸自慢的な

明日も夫の診察がある。 私も診察があり、体調は万全ではないが夫の方が悪いので不安だらけだ。 不安といえば、先月、唐突に夫が電話で引き受けたらしい私がやるらしい戦時中の資料作成と提出、何を必要とされているのか私はザックリ過ぎて掴めない。 引き受…

戦前戦中戦後 脅迫状が届いた

正義感なんだろうな。戦記をやりはじめた頃は抗議電話が多かった。 あの頃は米軍寄りの調査をしてると非難されていた。インターネット時代になってからは好き放題書かれて、エセとか。 掲示板も荒らされた。 占守島の士魂部隊の関係者の記事では終戦後の戦闘…

高射砲の資料が欲しいと言われてもない。 夫、精密検査で癌らしきもの見つかる

夫、精密検査で癌らしきものが見つかり、来週マーカーと組織を採取?する検査を受ける。50過ぎてから私にプロポーズ何回もして、一緒に長生きをして旅行も楽しもうと言ってた。 それが、夫、心サルコイドーシス発病で長旅無理に。 落雷に遭う。 交通事故で肋…

昔の話しですが、飯田橋駅から歩いて潮書房光人社に完成原稿を届けていたアナログ時代の私

私は今飯田橋のホテルグランドパレスの19階に泊まっている。私が初連載を持っていた戦記雑誌丸の光人社、潮書房があったビルのごく近所のホテルだ。 丸の新自社ビルが建つ前は、元白泉社の並びの戦前からの木造建築だった。(白泉社は高校時代に投稿していた…

長谷川利行と 徳山巍

義父と長谷川利行の共通の友人、徳山巍さんの息子さんのブログが更新されていたのでリンクと一部。徳山巍と熊谷登久平は小石川区にあった川端画学校で知り合ったと思われる。 戦前ある程度実績を積み、谷中にアトリエを持った仲間でもあったが徳山巍さんの谷…

タクシーと戦犯とモンテンルパのあの人の

夫を連れて娘が調べてくれた整形外科にタクシーで向かう。 根岸の元祖絹豆腐、江戸時代に寛永寺にくだってきた宮様が京から連れてきた笹乃雪さんは去年から休業され、移転されるとのこと。 その店舗があった場所が更地になっており、夫と嘆いた。その少し先…

相変わらず怒鳴られる

先日とは別件で別の人から怒鳴られた。 電話をとるなり怒鳴られたのでパニックになり、元々頭が悪いので火に油を注いだことは今は理解できる。電話が切れたあと、夫に怒られた。 私に対して呆れ返っていた。 多分私は発達障害で治療が今はあるそうなので、コ…

宴の終わり 

朝電話があり江東橋一丁目町会の東京大空襲慰霊碑にご案内をした。 誰かが花を供えてくださったようだ。 線香は夫が供えてきたけれど花は久しぶりだ。池之端画廊さんから熊谷登久平の絵を持ち帰ってきた。昨日美味しそうな行商さんがいた。

右往左往してますが、#田むらの梅 はお出ししました。

東京大空襲の日です。 手を合わせるしかできませんが、うちの裏の慰霊碑に手を合わせました。熊谷登久平展、今週の日曜日までで終わります。登久平の弟さんの息子さんが来てくださいました。 また千厩の方も来てくださいました。 一関市出身の洋画家で登久平…

東京新聞 したまち支局版 東京大空襲の碑 熊谷登久平 寿郎 明子 

本日の東京新聞に私が再婚前から調べている墨田区の江東橋一丁目町会の東京大空襲慰霊碑の記事が載りました。https://www.tokyo-np.co.jp/article/90150 この石碑は我が家の裏にあります、つまり台東区谷中の4丁目。なぜ墨田区の江東橋の慰霊碑がと、台東区…

東京大空襲の日が近い

今日は凄く風が強い。 東京大空襲の取材をしていた頃、暴風の話しもよく聞いた。今日、久しぶりに東京大空襲関係で取材を受けた。 私は戦争関係取材を受ける側から、する側になった期間があるが、もう昔の話。ぶっちゃけ今の戦記はプロアマ研究家が跋扈する…

熊谷登久平 戦時中作品 香取神宮 鹿島神宮

香取神宮と鹿島神宮は1944年の独立美術協会に出展した記録があり、それらしき絵が2枚倉庫にあった。が、どちらがどちらかコロナ禍では現地に調べに行けない。そのため上野の山の文化財研究所の絵葉書資料にて調査。香取神宮の葉書があり特定できた。 常磐線…

戦争画逃れ 従軍画家逃れ 熊谷登久平

昨夜、11時前に熊谷登久平の作品名の問い合わせがあり、30年前に岩手県立博物館の学芸員さんと、本家の千厩の日野屋と一関の義父の従弟の平澤一男さんたちが作っていださっていたリストを調べて、また義父が残していた関連記事スクラップブックも調べた。 多…

熊谷登久平の勲章 小野寺長治郎とは仙台か下北沢つながりかな

熊谷登久平が戦前に出した画集に『勲章』って題の陸軍の偉い人的な絵があり誰だろうと悩んでいたけど、白日会の1938年の出展記録に『小野寺総監像』ってのがあり、もしかしたらあの小野寺長治郎かなと、元戦記雑誌丸の記者のカン。写真をネットで探したら似…

B-29の脚

ツイッターで木更津で発見されたB-29の脚のことでリツイートをしたら、相手のファンらしき方からDMで失礼だとご指導頂いた。 ミリタリ界隈で高名な方だそうだ。 今の戦記の世界の序列なんてのは私は知らない。私には理解できない世界だなと感じた。 私が戦争…

千葉県木更津沖のB-29の脚

https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20201211/1000057369.html 以下上記より一部抜粋 「千葉県木更津市の沖合で漁船の底引き網に航空機の車輪や脚のような形をした金属製の物体がかかり、引き上げられました。」木更津市沖合にて航空機の車輪や脚が引き揚…