熊谷登久平アトリエ跡に住む専業主婦は大家の嫁で元戦記ライター

台東区谷中の洋画家熊谷登久平のアトリエ跡に住む次男に嫁いだ主婦の雑談

今日も広報活動 ヒマラヤ製菓のヒマラヤ美術館の悲劇と三岸好太郎と節子夫妻

上野の山の美術史を語った後、うちの裏にある東京大空襲の慰霊碑を案内しました。
うちの前にはテレビ局のロケバスが停まっていましたが、ミカドぱんさんの取材みたいです。

池之端画廊在廊中に独立美術協会創立メンバーの三岸好太郎と節子さんのお孫さんがおいでくださった。
なんということでしょう。
1930年協会の華、鈴木千久馬と三岸好太郎の孫と開花前の画家熊谷登久平の義娘が同席しました。
女画家の三岸節子が大好きな池之端画廊の若奥様凄く嬉しそうでした。

三岸節子さんの実家は愛知県一宮市
多分名古屋でも有名で、それで名古屋生まれ育ちの母の姉、叔母が女子美を目指して頑張っていたのじゃないかなと思っている。
その叔母は戦争で東京の女子美に行けず、名古屋の山の手の空襲で家が焼けたのに耐えられず衰弱して死んでしまった。
祖母は絵が好きで幼き頃に連れられて三岸節子さんの絵を観に行った覚えがある。
一宮市の七夕祭りが心に残るが、祖母が連れて行ってくれたのは一宮市かヒマラヤ製菓か。
帰宅後気になり検索したらヒマラヤ製菓は倒産しており、ヒマラヤ美術館もなくなり所蔵作品も散逸していた。

以前、目黒の雅叙園の美術館が消滅していたことに驚いたが、ヒマラヤ美術館も無くなっていたとは。
なんということでしょう。

今日お会いした三岸好太郎と節子夫妻のお孫さんは銀座で高輪画廊を経営しておられる。

http://takanawagallery.com/gallery/home/index.htm

高輪画廊のオーナーの三岸太郎さんのスマホの待ち受けはフランスの茶トラの猫さんでした。
可愛かった。







https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%B2%B8%E5%A5%BD%E5%A4%AA%E9%83%8E

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