池之端画廊であれこれ打ち合わせ。
今回は画家の遺族が3人ほど。
ご遺族を紹介したら池之端画廊で企画展の話しとなる。
昨日は私が15歳の頃に明智抄さんが通っていた短大の寮のごく近所に住んでいた友人と大奥展へ。
友人は着物が好きなので結構喜ぶ。
私も眼福。
日医大の近所でモーニングを食べて、夫には根津のたい焼き屋さんでたい焼きを買う。
たい焼き屋さんと雑談しながら撮影許可をもらう。
実は撮影禁止になっているが、色々あったそうだ。







友人と自転車で上野公園の博物館へ。
大奥展は平成館でやっているが暑いので本館を抜けて平成館に向かう。








































帰りに明智抄さんが大好きだった芋甚さんでアベックあんみつ。
2人で彼女を偲ぶ。
命日かお盆に食べる予定だったが芋甚さんのご主人が体調を崩されて休んでおられたので、8月には食べられなかった。
ご主人がお元気になられたようで良かった。
同行した友人と去年は明智さんの命日に一緒にハンセン病患者さんが描いた絵などを見に行き、所沢の角川食堂で色々偲んだ。
帰宅すると明智さんとの共通の関係があった方から広島の果物が届いた。あぁ、彼女も好きだったなあと。
暑い日に彼女は死んでしまった。

帰宅後、池之端画廊のご主人と『上野の森を巡る画家たち展』の案内ハガキに開催する予定の作品を倉庫から出し屋外で撮影した。
終わったあとだるくなりエアコンの効いてる部屋で寝てしまい谷中のヒマラヤ杉の撮影を忘れた。
以前、村上鉄太郎画伯のお孫さんから絵葉書をいただくまて存在を知らなかった義父熊谷登久平の教会の絵。夫も見た記憶がなかった。
去年萬鐵五郎美術館が我が家や調査に入ってくださり裸婦の絵の下から教会の絵が出てきた。
白黒写真ではわからなかった空気が見えた。
あぁ、私はやっぱり義父の絵が好きだ。
この作品を上野の森を巡る画家たち展のDMハガキに使う予定。


あとは義父の画仲間の1人であった野間仁根の作品、泥を被りひどい状態だったから私でも買えた。
額縁が義父たちが世話になっていた佛雲堂のものでなかったら買わなかったかもしれない。
先代の頃から野間仁根は佛雲堂で額装を依頼していた。
オークションの写真越しでもその作風と額縁の特徴があった。
佛雲堂の額縁は絵を護る。だから大丈夫かなと。
↓泥

↓浅尾空人さん。
剥離が酷かったので最初に持って行った先では断られた。
それで、佛雲堂に持ち込み名人の浅尾空人さんに修復をお願いした。
そして、旧知の野間仁根の作品の修復を受けていただけて、今回の上野の森を巡る画家たち展に展示できることになった。
↓9月10日10時前




メモ 血中酸素98
機械脈88
脈実測78 あまり飛ばないが脈早い
体温脇37.4
体温額36.3
血圧120-60