夫が体調を崩し病院に行くか契約している医師に往診をお願いして欲しいと頼むが、彼は行きたがらない。
ひとまずネギとキャベツのみじん切りに椎茸と豚肉と卵のおじやを作ったら少しずつ食べたのでホッとする。母の在宅介護をしていた頃、工夫をしていたのが今も活かせる。
夜はカツオのタタキを食べたいとのこと、なので白米を柔らかめに炊いて用意した。
食べれないと生き物は弱るので祈る。
末期癌のにゃあちゃんの呼吸があれてきた。ちゅーるは食べる。
残念ながら栄養食のちゅーるは前のパックのは食べたのに新しく買ったのは食べない。ちゅーる大好きなミーメも食べない。前のは食べたのに。
味が変わったのかと製造元に連絡をしたら製造過程で使う海産物で味が変わることがあり、私のような問い合わせがたまにあると。
仕方ないからおやつ用のちゅーるをにゃあちゃんに食べてもらっている。が食が細くなっていく。
生きてるものは必ず別れがあるので覚悟はしているが、介護卒業でひどい状態かだった私を心配した知人が預けてくれた大怪我をした地域猫だった。
手術代など医療費は彼女が出してくれて餌もしばらく届けてくれていた。
にゃあちゃんと名付けた。
母を亡くして虚になっていた私の生活が色づいた。
おやつ用のちゅーるでもいいからこれからも食べて欲しい。
昨日、舎人公園に向かう途中、ふと日本航空界初の死亡事故な杉野中尉殉難の碑へ。
手を合わせた。
ここの向かいにはもんじゃ焼きが食べられる駄菓子屋のとんちゃんがある。
30年前、B-29の墜落地点の聞き取りやドーリットル空襲などを調べていてここを教えてもらった。
まだ舎人ライナーは開通しておらず、原付バイクでこの辺りを彷徨いていた。
賑わいがある商店街だったが今は静かだ。
女子医大が近所にあり、通院時たまにふらりと寄っていた。女子医大、今は足立区に移転している。
あの頃は余裕がほぼなく母子家庭支援の都営交通乗車券と医療費補助に助けられていた。
都営交通の舎人ライナーで通えたのがありがたかった。
が、外食する余裕はなくて、食べたいなと思っていた店も今はない。







