熊谷登久平アトリエ跡に住む専業主婦は大家の嫁で元戦記ライター

台東区谷中の洋画家熊谷登久平のアトリエ跡に住む次男に嫁いだ主婦の雑談

年の終わり

今年の年越しそばは冷凍に色々具をのせる予定。

 

数年前に谷中の蕎麦屋慶喜が人手不足閉店をし、婚家は年越しそばの出前が取れなくなった。婚家戦前から年越しは出前の家だったと…

私の足立区時代は舎人の田口屋の出前。

物書きだった私の臨時収入があれば取っていた。(年末進行の急ぎの臨時仕事は単価が良かった)

また、私の介護離職後は出前とる余裕はなく、息子が就職してから取ってくれて涙が出た。

年末年始は餅を切って出すと嘆く母をショートステイに預けるようになっていた。ショートステイでも工夫された年越しそばと正月料理が出るので罪悪感は少し楽だった。

 

足立区舎人で年越しそばを最後に食べたのは地方在住の友人(故人)の娘さんが泊まった時、彼女をJR西のエヴァンゲリオン新幹線で連れ帰った。

教育職超厳格俺様父親を持つ彼女は12歳で生まれて初めての出前蕎麦。美味しい蕎麦屋さんがある土地で生まれ育っている子だったが出前でそば食べたことがないというのでとった。

あの子は成人しているが、元気でいてくれますように。

夫がいないと生きていけないと泣いた友人は2人の子と高齢のお母様をおいて死んでしまった。

彼女の夫は彼女より酒が好きな人だ。

 

 

先日また訃報が届き、少し鬱になっているような気がする。

今年は訃報が多かった。