熊谷登久平アトリエ跡に住む専業主婦は大家の嫁で元戦記ライター

台東区谷中の洋画家熊谷登久平のアトリエ跡に住む次男に嫁いだ主婦の雑談

樹川さとみ先生

 

昨夜、友人からの電話で樹川さとみ先生の訃報を知る。

長い闘病の終わりであったそうだ。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%B9%E5%B7%9D%E3%81%95%E3%81%A8%E3%81%BF

私は樹川先生の小説が好きだったが、絵描としても好きだった。
イーストプレスで企画編集をした百合アンソロジーで小説だけでなく表紙もお願いしたことがある。
届いたラフをみてゾクゾクした。

完成イラストの色の配置の美しさにデザイナーたちとこれを壊さないレイアウトに悩んだ。

 

 

 

名古屋のSF大会CAPCOMでは同行頂き、同じホテルに泊まった。

CAPCOMでやった女性向けフェミニズム企画で『SFでSMを』の緊縛実演のモデルさんは樹川先生が紹介してくださった男性だった。

 

あの時は明智抄さんも元気だった。私は明智さんと同室だった。

還暦近く生きると見送ることも増えていく。

私が企画編集をした百合小説アンソロジーは3冊あり、その表紙をお願いした2人が亡くなった。

 

 

かつて私は知能低下と記憶障害を患い、呂律もおかしくなった。

自分が信用できなくなり、人間関係が怖くなり携帯電話の番号を変えて多くの人から逃げた。

日常生活にも支障が出て寝たきりの期間もあったが、幸いなことに私のは対処療法がある甲状腺機能低下症だった。

病名がわかってからはゆっくりと日常生活が戻った。

記憶もある程度にはなったが数年ロスした。

 

 

残念ながら多くの人に不義理を重ねた。

申し訳ない。

 

ご冥福をお祈りいたします。

 

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