台東区池之端四丁目(旧谷中清水町)池之端画廊の上野の森を巡る画家たち展(Ⅱ)。展示中の作品より
⭐️は池之端画廊蔵、以外は個人蔵
上野桜木
③絹谷幸二(洋)⭐️
⑥木内克(彫)
②野間傳治/誘惑されるエバ(洋/野間仁根の息子/父たち地元の画壇は彼をデンちゃんと呼んでいたそう)
谷中
①熊谷登久平/レダ(洋/義父です)
②宮崎精一/臥(洋)
太平洋美術会(谷中清水町、谷中眞島町)
⑤布施悌次郎

台東区池之端四丁目(旧谷中清水町)池之端画廊の上野の森を巡る画家たち展(Ⅱ)。展示中の作品より
1️⃣熊谷登久平(義父) 北斗会、白日会、独立美術協会
と仲良く旅行したり、喧嘩別れしたり、飲んでた人たち。
2️⃣橋本八百二 川端画学校の同期、北斗会(岩手県出身の芸術家を南部藩の殿様が世話していた会)、登久平ら岩手県出身者に白日会への出品を勧めた。
3️⃣田中佐一郎(独立美術協会/里見勝蔵派/里見勝蔵が出て行く時に喧嘩に強い登久平と佐一郎は残されたと伝承)
4️⃣宮崎精一 白日会、独立美術協会 熊本県人吉で実家が料亭を経営しており、東京の料亭で修行時に絵も学ぶ。その時に知り合い登久平たちは旅館も経営し始めた宮崎家を訪ね滞在する。戦中、登久平の紹介で谷中初音町に住む。召集を受けて熊本に帰る。空襲被害にあった海老原喜之助を受け入れてほしいと登久平と林武が宮崎に手紙を出し、海老原は人吉に戦後もしばらく住む。宮崎が経営していた古城には戦後絹谷幸二も滞在した。

台東区池之端四丁目(旧谷中清水町)池之端画廊の上野の森を巡る画家たち展(Ⅱ)展示中の作品より
谷中発祥の太平洋美術会で学んだ人たち(の一部)
1️⃣村上鉄太郎(洋/舞台美術)
2️⃣大河内信敬(洋/河内桃子の父、大河内子爵家の御曹司/ のぶひろ だが、地元画壇仲間はシンケイさんと呼んでいたそうだ)
少女の肖像画は娘さんだと、大河内父娘をよく知る人談⭐️
3️⃣張替正次(洋)
4️⃣寺田政明(洋)
5️⃣麻生三郎(洋)
6️⃣布施悌次郎(洋)
7️⃣松本昌和(洋/太平洋美術中の人)


台東区池之端四丁目(旧谷中清水町)池之端画廊の上野の森を巡る画家たち展(Ⅱ)。展示中の作品より
上野桜木
①木内克(彫)
谷中
③朝倉文夫(彫)
④堀進二(彫)⭐️
藝大(美學)出身
②木村桂二(彫) 熊谷登久平らと白日会で「まひる同人」を結成、谷中清水町、浅草六区を中心に集う。


台東区池之端四丁目(旧谷中清水町)池之端画廊の上野の森を巡る画家たち展(Ⅱ)。展示中の作品より
谷中清水町発祥の白日会、白日賞受賞者(昭和初期)
1️⃣橋本八百二
2️⃣宮崎精一
3️⃣村上鉄太郎
4️⃣富田温一郎(白日会創始メンバー)
5️⃣木村桂二
6️⃣熊谷登久平

中学時代にミルトンの失楽園が読みたくて読みたくて、明石市の図書館にはなく。
神戸新聞の投稿欄での嘆願『超人ロック』は借りられたけど『失楽園/楽園喪失』は出ず。
高校の図書館で昭和四年版の新潮社のを見つけ歓喜した。
その後、野間傳治装丁のが出版され私魅了されるもお値段的に買えず。



挿絵はエッチングで、白黒。
でも心の中では極彩色。
谷中の画家の息子に嫁ぎ、いろいろ調べていたら
で、 野間傳治の父親である洋画家の野間仁根と、義父の中学時代の美術部の仲間が文通をしていた話しなんてのもあり、突然天上の画壇が生活圏にあったという不思議。
で、運良く入手した 野間傳治が描く楽園の絵。まだ股間にイチジクの葉がないエバ。




