熊谷登久平アトリエ跡に住む専業主婦は大家の嫁で元戦記ライター

台東区谷中の洋画家熊谷登久平のアトリエ跡に住む次男に嫁いだ主婦の雑談

熊谷登久平の作品と資料の調査が入る

岩手県の某美術館の館長とスタッフが調査にいらしてくださり、30年前、岩手県立美術館準備時の調査時にチェックから漏れた作品までデジタルで記録される予定。

またいくつかは選ばれて収蔵作品になる予定。

 

実は残念ながら熊谷登久平の作品と資料の残る今の家を維持できるかどうかが私たち夫婦の悩み。

国民年金夫婦では毎年あがる固定資産税が苦しい。去年のアパートの大規模修復で流動資産が尽きた我が家は自転車総業。

修繕の融資を断られた地元銀行が強く薦めるのは我が家の処分。

今なら買い手があるそうだし、我が家の不動産は無担保だけど、旗竿地で2面が墓に接し、最寄りの日暮里駅と根津駅から10分前後の距離のために利便性が低く担保価値がかなり低いとか。

銀行が薦める我が家の売却、それをするとしたら絵も廃棄することになるかもしれないので、今回の調査と撮影はとてもありがたい。

 

また、私のコレクションに貴重なものがあったので、それらは持ち帰っていただいた。

その作品が修繕されて公開されるのはずっと先だろうけど。

 

あと、我が家にある初期独立美術協会メンバーと白日会、その記録と作品も調べていかれました。

スクラップブックもデジタル化へ。昭和初期からの新聞記事などなので劣化も進んでおり、ホッとした。


美術館関係者による我が家の調査は2回目で初回で見逃されていた熊谷登久平が二度目の海南賞を取った作品も見つかり。
どう言えば良いのだろう、独立賞が欲しくて描いた作品が二度目の海南賞となったことへの義父の気持ちがわかるような仕舞われ方でした。
戦後傾いていた独立美術協会の財政を立て直したとの伝承もある中央大学商学部出身の義父。
その件は新聞記事では確認していますが、当時を知る人としては入江一子先生が最後の一人で、電話で軽く確認しただけで終わりコロナ禍が終わったお会いするはずだったのに亡くなられて、オーラルヒストリーが成り立たなくなったのが残念で仕方ない。

 

 

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