熊谷登久平アトリエ跡に住む専業主婦は大家の嫁で元戦記ライター

台東区谷中の洋画家熊谷登久平のアトリエ跡に住む次男に嫁いだ主婦の雑談

虹がでた。広島原爆二世

午後土砂降りな通り雨の後、東に虹がかかった。

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私の同人仲間には広島原爆被災者二世が数人いる。

当事者だった親御さんには我が子の結婚に支障があるかも知れないと内緒にしていた方もおられたが、その方は自分の墓石に原爆について刻んだ。

 

 

以前、千代の富士は広島の原爆被災者二世だと誰かから聞いたうろ覚えだったが、wikiに載ってた。
千代の富士の父親は戦時中に広島市宇品(現南区)にあった旧陸軍船舶司令部(暁部隊)に所属しており、1945年8月6日敬礼の訓練中被爆し、救援活動で広島市内を奔走……」

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E4%BB%A3%E3%81%AE%E5%AF%8C%E5%A3%AB%E8%B2%A2

 

千代の富士のお父さまも長らく原爆について語らなかったと、検索をしていて知る。

『半世紀の「封印」解く/未来への遺言』

https://www.hiroshimapeacemedia.jp/abom/97abom/jidai/970722.html

「北海道の最南端に位置する松前郡福島町。昆布採りに生きてきた 秋元松夫さん(72)は、第五十八代横綱千代の富士(現九重親方)の 父として知られる。だが、被爆者であることは、地元の人もほとん ど知らない。 「息子に迷惑がかかっては…」。ヒロシマの記憶と体験を胸の底 にしまい込み、周囲にそれを決して明かさなかった。」

 

息子である千代の富士が故障に苦しんだことを自分の被曝が原因かと苦しまれたようだ。

 

写真は谷中の玉林寺、我が家の菩提寺にある千代の富士像。

 

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『ある日突然、起きられなくなりました ~甲状腺低下症との闘い~(分冊版) 【第1話】 (comicタント)』

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https://www.amazon.co.jp/dp/B09MD1J14H?ref_=cm_sw_r_apin_dp_TXX6HB6RQD3QC4C950AS

 

今ネット配信されている『『ある日突然、起きられなくなりました ~甲状腺低下症との闘い~』

漫画家の女性がある日突然次々とくる体調不良に苦しみ、病名がわかってからの対応、その後の生活などが書かれている。

甲状腺低下症こと橋本病(慢性甲状腺炎)は私の持病でもある。

橋本病の症状と、なかなか病名が判明しない苦しみとか、異常な低体温と寒がり、突然太る、顔のむくみ、記憶障害、多くの機能低下など、症状が多すぎて他の病気を疑われてあちこちの検査とか、あぁこの人も大変だったんだなあ。と、読んでいて親近感が湧いた。

東日本大震災の時に飲んでないと元のもくあみな内服薬なチラージンが供給されなくなった事情とか。あの時の不安も同じだわ的な。

 

多くの人に橋本病は知られてほしい。

チラージンで対処療法をすればかなり日常生活に戻れるから。

https://www.kanaji.jp/hashimotobyou/

 

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