熊谷登久平アトリエ跡に住む専業主婦は大家の嫁で元戦記ライター

台東区谷中の洋画家熊谷登久平のアトリエ跡に住む次男に嫁いだ主婦の雑談

長谷川利行のスケブ ピカソ風の春画風

今の日本で長谷川利行を調べている学芸員では恐らくトップクラスの人たちが来た。
熊谷登久平が大切に持っていたスケッチブックはほぼ長谷川利行のものだろうとなり、きちんとした収蔵庫で保存され研究されることになった。
展示会とか今は気軽にできる予算はないから、いつかは長谷川利行の楽しい時代のひと時が公開されると良いなと思う。
スケッチブックが描かれた時代の日本はすでに戦争に向かっていて、長谷川利行の死を回想する人たちが良い時に亡くなったと書くような時代が来る。
絵具が欲しければ国策に似合う作品を描かなければならず、プロレタリア画家たちは方向転換をしたり色々あったり、長谷川利行の描きたいように描ける時代ではなくなっていく。

その時代へと向かう楽しい時代のスケッチブックを熊谷登久平は大切に持っていた。
表現の自由って、けっこう難しいから熊谷登久平は専業画家であることをやめて、自由に作品を描くことを選んだ。、

そんな自由に描いていた熊谷登久平は画家として洋行してパリなどで海外の画家や移住している日本人画家ともあってきたようだ。
日本の春画が海外では受けるので、ある程度練習をしたのだろうか、それとも好きで描いたのか。
熊谷登久平の春画もある程度は残っているが、謎の春画もある。

サインがピカソに似ている。
一緒に保存されているのはパリのあれこれ。
うーん、謎だ。

海外の画家さんたちとワイワイしながら、遊んだんだろうなと。
賑やかが大好きな人だったそうだから。

私が撮影できなかった春画に至っては、見つけた義母が岩手県の義父の親戚宅に送りつけたぐらい、モーレツなものだし。

私は18禁の仕事もしていたけど春画は免疫がないです。仕事は主に女性向けだし。