熊谷登久平アトリエ跡に住む専業主婦は大家の嫁で元戦記ライター

台東区谷中の洋画家熊谷登久平のアトリエ跡に住む次男に嫁いだ主婦の雑談

メモ 大切に育てる予定だった

今日は息子の誕生日。

1988年8月9日に生まれた。

私は8月7日に破水し入院したが子宮口が開かず、子宮口を開く薬と陣痛促進剤を投与され、1988年8月8日は末広がり八八八八で縁起が良いからと8日に生まれたらなと思いつつ、陣痛促進剤が起こす痛みに耐えていた。

当時はフジテレビが8888でフジテレビの日と賑やかな特番をしていた。

残念ながら8日にも子宮口は開かず、9日は長崎原爆の慰霊番組を観て過ごすも昼過ぎには体力が弱り意識が遠のき。

 

産婦人科の院長は夏のバカンスで日本におらず、当日は若い医師が留守を守っていた。

 

夕刻若い医師があちこちの産科に緊急手術となるから人手が欲しいと電話をしていた。

私の体調が悪化していたので出産室の控えに医師はいて、そこからあちこちに電話をしていたがお盆シーズンで、どこからか応援の医師がいらした時の記憶はない。

手術は部分麻酔で産声を聞いたし、触れられた。

 

付き添っていた母によると年配のお医者さまだったそうだ。

 

可愛い可愛い赤ちゃんだった息子は今は千葉に婿養子に行った。

 

 

 

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