熊谷登久平アトリエ跡に住む専業主婦は大家の嫁で元戦記ライター

台東区谷中の洋画家熊谷登久平のアトリエ跡に住む次男に嫁いだ主婦の雑談

メモ 早乙女勝元夫妻のアンネのバラ

早乙女勝元邸で咲いていたアンナのバラはご遺族が相続税で家を手離すときに我が家にきて、もうダメかと思う状態から谷中1丁目の生花と造園業の盛香園が植え替えをしてくださり、枯れたと思われた根元から新芽が出て無事育っている。

そして毎年先生の命日あたりに咲く。

今年も蕾が膨らんできた。 

 

昔、先生の手伝いをしたときにアンネのバラの花束を頂いたことがある。

あの頃は茂っていると言っていいほどのバラの木で花束をつくることも可能だった。

そして、奥様が挿木であちこちに増やしておられた。

その挿木は奥様が亡くなられてから枯れていき、最初の一本、アンネのお父さまゆかりのバラが居間の前で咲き続け、先生が倒れられてからベッドが居間に置かれ窓からアンネのバラが見え、壁には丸木俊先生のブルガリ人形の絵があった。

庭には鈴なりになる金柑の樹もあり、よく熟した実を頂いた。

その木は大きくてうちの庭には余るので諦めた。枝をいただいて挿木してみれば良かったと後悔している。

先生宅の庭には温州みかん、さくらんぼの木もあり、昔は鶏もいて雑草を食べてくれると先生はおっしゃった。

私の子は金柑だけでなく、蜜柑を木からもいで食べるという経験をさせていただけた。

蜜柑の木があったところは東京大空襲の施設を建てる資金の一部にするために手放されて戸建てが何軒かたった。

残っていた自宅と庭も今はなくなり戸建てが数軒建った。先生は残せると思っておられたが相続税の法律が亡くなる前に変わり、記念スタジオとして残す案は残念ながら消えた。

素敵な屋敷だった。

 

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心臓の定期検診で予約していても待ち時間が長いのはいつものことだけど、心臓疾患のお医者さんなので待ち時間に体調を崩す人がたまに出る。

 

 

千駄木の須藤公園の藤も終わっていた。

睡蓮はこれからかな。

 

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体温脇36.8

体温額34.8

血中酸素96

機械脈64

脈実測72飛びなし

血圧114-62