熊谷登久平アトリエ跡に住む専業主婦は大家の嫁で元戦記ライター

台東区谷中の洋画家熊谷登久平のアトリエ跡に住む次男に嫁いだ主婦の雑談

メモ 御徒町公園のなんじゃもんじゃ満開

夫、処方された薬が効き血尿が止まった。

気持ちが楽になったのか、葬送のフリーレンのヒンメルTシャツを着て仕事に出ている。

ホッとする。

 

夫、前立腺肥大により尿道が圧迫されて排尿が難しくなりカテーテルを利用して排尿をしている。

利用当初は失敗も多かったが、慣れた。

その慣れで膀胱を傷つけたようだ。

私の体調不良から医療機関とメディカル管理の契約をしたが、夫には医師による定期診療の適応しておいて良かった。

以前は近所の診療所で往診を頼めたが今は高齢化が進み救急車を呼ぶように言われることもある。

夫は体格が良いので私が肩を貸して病院に連れて行くのも結構大変になり、彼の体調が悪い時は車椅子とタクシーで通院をしていたが、往診の契約をした。

夫の心臓にあるサルコイドーシスが動いたら危険と言われているので医師による定期訪問は安心できる。

 

夫が落ち着いているので御徒町公園へなんじゃもんじゃの花を見に出かける。

ここ、運が良ければ満開の藤と真っ白ななんじゃもんじゃの花が楽しめる。

なんじゃもんじゃの花は満開だった。
藤は残念ながら見頃は終わっていた。

今年は花の終わりが早い。

なんじゃもんじゃは母方の祖母の岐阜の生家に向かう途中に群生してて、あれは見事だった。

祖母方は林業で財を成し、祖母の父親と弟は議員だった。しかし祖母は街が好きで名古屋の中心部の尾張藩で材木担当の武士の家系に嫁いだ。

明治になり知り合いの寺の寺子屋で教えて、そこは名古屋の教育史で語られる場でもあった。

その後、義務教育の時代がきてやはり知り合いがやっていた熱田神宮の近所の紙屋に勤め、母の兄の代まで三代がそこだった。また寺町で花屋をやりそこそこ裕福な家だったと聞く。

なのに祖母方の実家からしたら格下で不満だったそうだが、祖母は映画やお芝居に外食が楽しめる名古屋が楽しかったのだろうな。空襲までの幸せではあった。

なんじゃもんじゃはどこでだったか、犬山にも見に行ったことがある。祖母が好きだったから叔母も好きだった。

 

なんじゃもんじゃを愛でたあと、そのまま吾妻橋方面に向かい 塩パン屋 パン・メゾンでパンを何種類か買って帰る。

ここの塩パンがとても好き。

夫も喜ぶし、新作のカスタードクリームのパンも美味しかった。

 

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