落ち着いたら書くが、はんぱなくいや。なことが朝にあった。何がどうなっているのか私にはわからない。
それとは別件、敷地内アパート、谷中の寺町の風呂無し物件(共同シャワールーム有り)熊谷荘。
窓からスカイツリーが見える。日本美術院の庭に面した六畳、四畳半、台所三畳、和式トイレ、築古が4月終わりに空く。
東京の拠点にって方はいないだろうか?
上野公園徒歩圏内。
日暮里駅、根津駅、鶯谷駅、徒歩圏。
↓以前不動産屋さんが作ってくれた紹介ページ
https://tokyosento.life/no0521/





昨日は事前にメディカルチェックを受けて体調を整えてからの長距離だったが、ユンケルをバッグにの日帰り、まぁなんとかなるもんだなと。
白日会関係の遺族2人と現代美術の遺族1人と情報交換と交流。
残された作品をどうするか的な。
プロのアーティストになるためにはひたすら研鑽を重ね、それでも作品で喰えるのは僅かで、その僅かなアーティストが長い年月で近現代日本に多くいて。
死後、遺作展を開催できるのは死ぬまで画家であり仲間がいた人になり、もしくは画廊と契約している人。
物故画家には遺族がいて、その遺族が作品を抱えながら高齢となり作品をおさめる希望を諦めてなどもある。
など。
今、美術館などの収蔵庫に余裕はなく、遺族は美術館の隙間の椅子取りゲームをやっているというのは言い過ぎだろうか。
私は運が良かったというより、発達障害傾向のおかげで乱読、あれもこれも知りたいなどがあったおかげで義父の交友関係にも手を出して、そのおかげで千葉市立美術館に義父の友人たちの作品を含めて納めることができた。
他のご遺族から預かった作品が小品なのも良かった。
それとやはり発達障害傾向がある夫の記憶力のおかげで、これは千葉の海とか、これは気仙沼とかな幼い頃に義父や内縁の妻から聞いた話しを覚えていてくれて、その断片を現地調査で裏どりできたのも運が良かった。それで、気仙沼のリアス・アーク美術館にも義父の作品が収蔵された。
あと2箇所の美術館とも口約束にはなってるが入る予定になっている。
義父の弟や従兄弟たちが展覧会を開催してくれて、その時に作ってくれた冊子にも感謝しかない。



