昭和6年、南部の殿様が世話をしていた岩手県の芸術家の集まりの北斗会絵画展が盛岡で開催された。その中に義父の熊谷登久平の作品も展示され、新聞で出品作を知ることができた。
1990年代かに岩手県が調査した中に似た作品の写真があり、そこまでは我が家にあったとして、その後どこにと探していたら一関にあった。
多分……



画風から1929年の白日会に出品した裸女ではないかしらと……
↓岩手県立美術館のサイトにある北斗会の説明抜粋
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『東京在住の岩手ゆかりの美術家たちが1923(大正12)年に結成した北斗会は、同郷人の親睦会としての役割も兼ねており、旧藩主家の南部家の人たちとも親交がありました。また第43代当主であった南部利淳伯爵は彫刻制作に取り組むなど、文化芸術への造詣の深い人物として知られています。』
北斗会の研究を萬鐵五郎記念美術館の学芸員さんがずっとやっておられるので連絡を入れたら寄贈が決まった。
熊谷登久平は萬鐵五郎に憧れていたので、生誕地が一望でから縁の美術館収蔵されるのは喜んでもらえると思う。
めでたいついでで私のコロナの後遺症なんとかならないかな。



