熊谷登久平アトリエ跡に住む専業主婦は大家の嫁で元戦記ライター

台東区谷中の洋画家熊谷登久平のアトリエ跡に住む次男に嫁いだ主婦の雑談

鬱とか安堵とか

池袋モンパルナスの会、ギャラリートーク無事終了。
多分来年もある。
毎回雑談ですけど、大丈夫なのかしら。

私のコレクションは熊谷登久平と接点があった確証がある画家なので、川端画学校、太平洋画会、1930年協会、白日会、二科展、独立美術協会、がメイン。

 

 

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訃報が重なり思い出がどっさりで疲れてしまう。記憶障害のくせに思い出は浮いてくる。

 

精華大学の松下哲也先生の近代美術論は私には難しいし、美術展鑑賞も雑学脳の私ではダメなんだろう。

前年度まで精華大学で教えていた元担当編集だった佐川俊彦さんに愚痴る。

精華大学といえば小学館でお世話になった故山本順也編集長も教えておられて、山本さんが佐川さんたちをお誘いになられた。

山本さんのお父様が従軍画家だった話しは直接ご本人から聞いたし、葉山方面に仕事に行く時にたまに一緒になって……雑談を楽しんだが、お父様のこともっときちんと聞いておけばよかったとずっと後悔している。

私の世代は戦争を経験したり従軍経験のある血縁と近い環境で育った。

戦後80年、戦争経験者は次々と亡くなり、たとえば義父の熊谷登久平が従軍画家逃れと戦争画逃れのために国策会社の東京航空計画に最初は嘱託、戦局が厳しくなると正社員になった経緯を語れる人も最後の一人となってしまった。

 

早乙女勝元先生はオーラルヒストリーを集めつつも裏付けの大切さを教えてくださった。

そのおかげで私は裏付けに神経質だ。

とか、色々ぐるぐるしている。

 

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