熊谷登久平アトリエ跡に住む専業主婦は大家の嫁で元戦記ライター

台東区谷中の洋画家熊谷登久平のアトリエ跡に住む次男に嫁いだ主婦の雑談

メモ 近代美術館 戦時の美術の分類(その名称と画題)

国立近代美術館に展示されていた戦時の美術の分類

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『戦時の美術の分類(その名称と画題)
戦時に制作・発表された絵画は膨大な数にのぼります。そのうち東京国立近代美術が保管する「作戦記録画」は軍によって委嘱された公式な作品群ですので、全体のごく一部にすぎません。

画題は戦史に残すべき戦闘の場面が選ばれています。

一方で「戦争記録画」という呼称は、軍からの依頼の有無にかかわらず戦闘場面を記念碑的に描いた作品を指します。
そのまわりに、「前線の光景」「銃後の光景」「大陸·南方風景」「歴史主題」「仏教主題」「象徴(桜・富士山など)」などを主題とする時局を反映した美術のすそ野が広がっているのです。
これらを総称する用語として定着したものはありませんので、この図では仮に「戦時の美術」としました。

戦争画」という一般的な用語も使われますが、その境界を確定することは難しく、狭義には上記の「戦争記録画」を、広義には総力戦を表象する絵画全体を指す場合があります。
作戦記録画を発注した軍部の認識を、当時の文献から抜粋して紹介しましょう。


-黒田千吉郎「戦争画について」『南方画信』1942年9月
「美術、特に戦争美術の重要性を知る陸軍は、支那事変勃発するや、直ちにこれを記録して永く後世に残すべく作戦記録画の制作を企図した」
「渾身の力を傾注して完成された作品は、銃後国民の士気を昂揚せしむるのみならず、永く
子々孫々に至るまで、我等日本人の血を湧き立てさせずにはおかない」
-画家・山口蓬春の手元に残っていた「昭和十九年度大東亜戦争陸軍作戦記録画制作計画(案)」
【註:読みやすいようひらがな表記にしています】
「三、作画公開目的  1国内 作画を以て国内展覧会を開催し銃後一般国民をして戦況裡なる聖戦の実相を把握せしめ第一線将兵の労苦を偲ばしむると共に英霊に対する感謝の念を深めー層奉公精神の強化奮起を以て志気の昂揚に努めんとす」
「五、記録すべき戦闘並画材 画材選定に当たりては関係方面と密に連絡し将来記録として必要なる
著名若くは重要なる戦闘を選択し併せて銃後国民に対する宣伝価値を考慮せり」

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銃後の光景
Home front


戦時の美術/戦争
Wartime Art / War P
前線の光景Frontlin
戦争記録画
War Record Pain
前線(戦闘場面)の記録Batt
大陸・南方の風景
Continental Asian and
southern Asia-Pacific
landscape
作戦门自由』

 

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