私が寝てる部屋のエアコンはナショナル時代のもので当時は良いものだったそうだ。
で、今午後四時過ぎ室温枕の横の温度計で34度。
隣部屋のは15年以上前のダイキン製だけど、ナショナルのよりは冷える気がする。
冬でもないのに唇がバリバリだ。
加齢もあるけど寒くても暑くても唇がバリバリになる。
この酷暑、室内であっても気がついたらあの世もありそうな気がする。
戦後80年で、昭和100年だから今年の10月8日から池之端画廊で秋に開催される『上野の森を巡る画家たち展Ⅲ』に日本美術報国会関連の展示もしたいと交渉中。
義父の熊谷登久平が画家の徴兵である従軍画家を逃れるためにやった開戦前に国策会社東京航空計器へ嘱託として所属して、徴兵猶予がなくなる昭和19年に正社員となった過程も展示したい。
画家たちの徴兵逃れには美術教師もあったけれど、昭和19年に彼らも徴兵されて戦死者も出ている。
近所にお住まいだった美學出身の生田目明さんもその一人で、生田目さんの義姪さんにお会いできて資料からのコピーを展示しました。
ある日、生田目さんの甥が跡を継いだ生家に野見山暁治画伯が訪ねて来られて聞き書きをして帰られたと義姪さん。その野見山画伯は無言館の基礎となった調査を続けた方。
野見山画伯の東京メトロの明治神宮前駅のパブリックアートの『いつかは会える』は学徒出陣壮行会会場最寄駅に展示されているから目にすると思うことだらけだ。
そういう時代が確かにあったので、

↑「遺された画集 : 戦没画学生を訪ねる旅/野見山 暁治」より複写。
https://mainichi.jp/articles/20170815/k00/00m/040/117000c



