現在、池之端画廊さんに展示している『砦の町』について登久平が書き残した文章。
トレドの砦 絵と文 熊谷登久平
マドリードからトレドに行くバス・ターミナルに、千一番の座席。チダから来たプレスマンというセールスマンが、いろいろと話しかける。 聖響をひらいているの二人、マドリードの骨重 (とっとう)屋、鈎(かぎ)鼻の老婆。
坂をくだるところの小さな村が美しい。刈り麦をいっぱいに積んだ馬車が行く。ゴッホやセザンヌの描いたような農夫がいる。オリーブの木、黄の素施トレドへの道はまっすぐだ。塔がみえ、アカシアの並木をぬけると、「とりでの町トレドが、目の前にあらわれた。 ホテル・チャールスへ。
日本人はめったにこないらしく、ホテルの人たちは珍しそうに、おぼつかない私の英語に答えてくれる。
ここはエル・クレコの生家のあるところだ。朝早く窓をひらくとつばめが顔にふれるようにとんでいる。裏のカテドラルの鐘が、一品旅愁をさそう。町かどに巴目杏(はたんきょう)を売っている老婆は、私の母に似ているように思われた。
私がこの絵を描いているそばに、寄って来た娘と裸の子。チンコ、チンコと手を出して銭を(と) う。うしろの緑の馬車四台、真っ赤に塗ったくちびる、くひいた眉(まゆ)、耳にたれた真鍮(しんちゅう)の輪、この人たちはジプシーの一群だった。
昭和38年10月13日 日本経済新聞より
熊谷明子