本日、遺作展から50年ぶりの熊谷登久平展への準備が始まりました。
ぶっちゃけ絵の状態は悪いです。
絵の収納庫を作った時代は真夏でも30度をこえることが少なく、この異常気象で一気に劣化が進んでいます。
時代を彩った洋画家たち展と同レベルは期待しないでください。
案外、板に描いた作品の状態が良く、画家になると言って逃げた跡取り長男の義父のせいで家業を継いだ弟の広介(医者になりたかった。親友は医者になった。熊谷家の四男も医者になった)さんの肖像画も状態が良い。
広介さんの孫娘さんの息子さんが広介さん似だから、額装できるなら血縁者にお渡しする話をすすめている。義父が養子に欲しがった英三さんの娘さんだし、義父と同じ遺伝子持ってるし。
20年以上前に、少女漫画家で24年組のささやななえさんがご主人のJUNE編集長の佐川さんの子に恵まれないことを嘆いておられて、その時に佐川さんが「文化の遺伝子を残せるじゃない」的なことをささやさんに言った。
二人ともクリエイターで、それが残るよ的な。
佐川さん夫妻は塩沢兼人さん夫婦とも仲良くて、やはり子に恵まれなかった塩沢さんに同じような事を言っていた。
塩沢さんが事故死された時に連絡をくれたのはささやさんで、私はその数日前に塩沢さんの収録現場にいたので信じられなかった。
話がズレているが塩沢さんの仕事は残るだろう。一緒に飲んだ銀座のバーも今はないが、ささやさんの仕事も塩沢さんの仕事も残る。(ささやさんは生きてます)
で、夫と私も熊谷登久平の遺伝子を残せないけど、その実績を浮上されることができて登久平が生きた証の絵を多くの人に見ていただければ良いな的な。
そして、今回英三さんの娘さんに広介さんの絵を渡せたら、それも伝承かと。
(義父と広介さんの写真を複写しないとだけど、熊谷伊助の子孫の美波さんと口約束してます)
https://www.iwanichi.co.jp/2021/02/21/4612446/