熊谷登久平アトリエ跡に住む専業主婦は大家の嫁で元戦記ライター

台東区谷中の洋画家熊谷登久平のアトリエ跡に住む次男に嫁いだ主婦の雑談

夫結構な怪我

交通事故以後、足腰が不自由になっている夫がコンクリートの上で転倒し結構大変になっている。

夫、心臓のサルコイドーシスからどんどん弱っていくようで怖いので、昨日はすがりついて泣いてしまった。
精神的にも肉体的にも夫は疲弊しているのに外ヅラが良く、頼まれたら断れない。
そのうちパタっと死んでしまうのではないかと不安だ。

私は離婚されるのが怖いし、死なれるのも怖い。

なので、去年のギャラが安いエアコン程度の自分がもどかしいし、今やっているのも振り込まれるのは秋だ。

とか書くと連日豪遊してて馬鹿みたいとかになるかな。

夫の父親である熊谷登久平を、再評価に持っていこうと努力し私財で熊谷美術館を建てた、(義父と義父を支えた内縁の妻が可愛がり養子になるはずだった)英三さんも60代で亡くなり宙ぶらりんとなった調査。今年は英三さんの十三回忌だが、ご存命だったら横浜の熊谷伊助と熊谷登久平の資料館が完成していただろう。場所も決まっていたと聞く。


それら、ある程度形にしたいのだけど、私にできるのだろうか。

先日、豪遊と共に指摘されたが、「事実誤認が多く知らないことへの把握が雑で、問題は自分が何を知っていて何を知らないかを俯瞰できていない」
今までの私への評価だが、事実誤認が多いとされると、やり直すしかない。
下手なことをやると取材相手にも古巣の足立区立郷土博物館や資料を提供した江戸東京博物館にも大変な迷惑をかける。常設展示物もあるし、やばくないか私。
指摘された私は結構パニクっている。
根なしの残念さだわな。


やり直すとして夫が持つだろうか。
義兄が亡くなった年齢になり、従兄の英三さんが亡くなった年齢にも近づいている。

義父の高齢の従弟たちがまだご存命で、彼らの記憶も私には必要なのだが、コロナ禍で今は岩手県にいけないから焦っている。

本当に夫は祟られているように私と結婚してから難病と落雷という自然災害と交通事故と、転倒。
大丈夫なんだろうか。
不安だ。