浅尾佛雲堂の社長に教えて頂いて池之端画廊に。
https://www.ikenohata-art.com/
池之端画廊は料理が美味しいと有名な山中旅館の隣。
かつて大河内子爵邸があった場所の一角。
日本画家の望月春江が大河内子爵から土地を譲ってもらい、大河内家の茶室などを移築しアトリエにしていた跡地だという。
今の展示は
- 明治・大正・昭和-
時代を彩った洋画家たち
3月29日までですが生で凄い面々の絵が観れる。
全て個人蔵なので普段は観られない。
#鶴岡政男 #長谷川利行 #佐分真 #里見勝蔵 ほか。
1930年協会の画家たちの作品がずらりと、無料で観られる。ずっと観たい観たいと思っていた大河内信敬画伯の作品も、デッサンの神様の寺内萬治郎の作品まである。
寺内萬治郎は戦中の空襲で都内の画学校がほぼ全滅した戦後に浦和画家たちと埼玉県蕨市に蕨画塾を設立した人。
蕨画塾は私の時代には既に伝説だったけど、戦後暫くは東京芸大に合格するのはここで学んだ人たちが多く、全国から画家を目指す若者が集まった所。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B2%B3%E5%86%85%E4%BF%A1%E6%95%AC
ただで、鑑賞したけどいいのだろうか。
ここにアトリエがあった望月春江さんは高名な日本画家。
実は私と無縁でなく、義父の熊谷登久平の愛弟子穴山徳夫さんのお父様穴山勝堂らと共に1938年(昭和13年)に日本画院を創立した人が望月春江さん。
(穴山徳夫さんも画家になるために東京美術学校に進学したかったが日本画家である父の穴山勝堂に「誰でも画家で食えると思うなよ(的なこと)」と、旧制帝国大学にサクッと進まされて、厚生省に進むも絵への夢を捨てられず戦後の厚生省内で絵画クラブを立ち上げた。そのバリベア会の講師が義父の熊谷登久平。)
(義父亡き後もバリベア会は義父の友人松島正幸が講師を継いだ。義父の次男である熊谷寿郎は松島正幸時代のバリベア会会員で展覧会にも絵を出していた)
(バリベア会は事務次官などの高級官僚も属していた為、出世への近道と思われていた時期もあり大蔵省や他の省庁からも会員が集まっていた。しかし穴山徳夫さんが後半に義母に書いた手紙には、若手はゴルフなどを好むようになり文化系は減ったとあった)
池之端画廊に話しを戻します。望月さんのお嬢様も日本画家。
あ、あたしに凄く立派な印鑑を下さった上坂冬子先生の作品の挿絵を担当されていたんだ。
お孫さんも日本画家。
そのお二人が立ち上げたのが池之端画廊、長谷川利行らの作品が観られるのは日曜日まで。