熊谷登久平アトリエ跡に住む専業主婦は大家の嫁で元戦記ライター

台東区谷中の洋画家熊谷登久平のアトリエ跡に住む次男に嫁いだ主婦の雑談

#長谷川利行 #熊谷登久平 #長谷川利行幻のスケッチブック かな

義父、熊谷登久平の遺品は妻の房江と長男の久と次男の寿郎が守ってきたが、登久平の直の遺品は弟子たちである永田町の官僚たちの絵の会、バリベア会のメンバーがそれなりにやってくれたし、義父の従兄がある程度保存してくれているそうだ。

だが、その頃はまだ描くまでの行程であるラフ画に価値はないと考えられており、それらを日本でまとめて収蔵したのは無言館の館長であり、デッサン館の館長であった窪島誠一郎氏ぐらいかもしれない。

 

と、書いておいてなんですが、私は無職の人ですので他にあったら教えてください。

 

なので、下絵的なものは残ってないと私は思っていたが、捨てられない男であった義父の熊谷登久平と、捨てられない片付けられない女であった妻熊谷房江のおかげで義父のラフ絵などが結構残っている。

で、夫が義父や義母から長谷川利行さんと一緒に歩いた頃の宝物箱と聞いていた中にある小さなスケッチブック。

二年ほど前に見た私は、中に書かれているラブレター的なメッセージに驚いて長谷川利行さんと義父のスケッチブックだと思った。

なので、長谷川利行に興味ありそうな所に片っ端から電話をしたが、NHK長谷川利行の特集のあとで彼方此方から長谷川利行の作品が湧いていたためなのか折り返しの電話もなく、熊谷登久平の遺品だと言っても通じるほどの名ではもうなくて、鉛筆書きで酸化して劣化していくからタダでも良いからとお願いしてもダメだった。

鑑定に出したものではなく、矢野文夫さんが編纂した長谷川利行全集に載っている文書でもなく、つまり曖昧な遺品である。

 

今まで接点のなかった学芸員さんに、義父関係のクレームという方で連絡をはかったらやっと声が聞けたことがある。

お尋ねしたところ、今は個人情報保護法があるため、電話番号と名前を聞いてメモをした瞬間にそれは放置できないモノと化す場もある。

とか、予算問題は知り合いからも散々聞くし、人手不足も散々聞いてきた。

 

まあ、そんなことで長谷川利行のスケッチブックと思われる鉛筆描きの絵と文は私がめくるたびに劣化し、個人用のスキャナの光は恐ろしくて当てられない。

友人の学芸員から聞いた最新のルクス情報で、スマホで撮影している。

劣化させたくない。

 

引き取る、調べるという美術館や美大がない以上、私は私のつてで収蔵庫を持っている所にお願いするしかなく、二年かけてやっと引き受け場所を見つけた。

 

多くの長谷川利行関係の書籍で熊谷登久平との親密な期間が描かれているのに、なぜ誰もこのスケッチブックを使おうと思わなかったのだろう。

矢野文夫氏はこのスケッチブックを知っていたであろうに、なぜ使わなかったのだろう。

同性愛的な関係とも言われていた矢野文夫氏と長谷川利行

絡まる熊谷登久平。

長谷川利行全集には載ってない散文。

これは長谷川利行の作品ではないのか。

だからどこもタダでもいらないのか。

問い合わせた近いところでは台東区板橋区

台東区長谷川利行台東区でやろうと思えばできるだろうに。

板橋区は終焉の地だ。

他にもモンパルナスで売っている区もダメだった。

義父が勝手に作ったスケッチブックなのだろうか。

不思議なスケッチブックは破綻さえしなければ定期的に消毒され、強い光に晒されることなく、預かってくれる人が定年まで生きてくれればその間は安心になった。

それまでに、定期的に起きる長谷川利行ブームがきて、スケッチブックを鑑定してくれる人が出ると嬉しい。

もしくは熊谷登久平の再評価。

 

まあ、すごく私や夫への塩対応でいじけてしまったので、タダはもう考えてません。

ヤフオクに出した方が喜ばれるかと悩みもしました。

美術の研究職の発見にしたかったけど、二年以上相手にしてもらえなかったので多分この家の住人以外見たことがない絵と文を出しときます。

私を肩書きではなく、過去の私がやってきたことで信用してくれる人たちに感謝です。

 

 

 

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私は結構焦っている。

私は既にアラ還だ。

夫も還暦となっている。

二人とも健康ではない。

 

たまたま博物館で調査員をしていた、絵もほんのすこし勉強していた私がこの家に嫁いで、未整理の写真やスクラップブック、痛んでいく油絵をみて、驚くも美学関係の教授だった親戚は既に鬼籍。

美術年鑑に名がある母の従兄も高齢。

この家に残るものを調べてくれる先がつかめないし、世の中埋もれて消えた画家作家漫画家その他腐るほどいる。

 

美大に進んだ仲間のうち画壇に入れたのは、同世代では皆無。みな美術教師として食い、個展を開くまでだ。

一人アーティストになっている女性がいるが、彼女ら油絵から現代アーティストになっていて、少し違う。

東京芸大にいた独立美術協会の教授は私がスケッチブックを見つけたと同時期くらいに亡くなられてて、次の教授が決まったのかの連絡もその教授までで我が家のと縁は亡くなっている。

 

結構本当にどうしたら良いのだろうと悩んだし、最初は丁寧に問い合わせ窓口にメールをしていた。

 

が、返事はこない。

 

プチと切れたのが今年度の平成が終わる時だ。

 

それからは熊谷登久平の著作権の継承者の妻であり、博物館勤務経験があり、私が調査したものが、どこにあるとかを主張するためにこのブログを書き始めた。

またクレームを入れると返事があるという、不条理なことになってしまっている。

 

私が介護離職をして十年以上冬眠している間に予算も人も削られていて、学芸員が雑用までやり、広範囲を担当し、非正規が増えてて文化財候補を後世に残さなくなってきているような気がする。